相続税 ケーススタディ

遺言無効と遺留分を争った末の「解決金」
支払った側は相続税の更正の請求ができるか

主位的に遺言無効、予備的に遺留分侵害額を請求された相続人が、
訴訟上の和解で「解決金」を支払った場面を、条文・通達・公表裁決から整理します。

ケースの前提

  • ■相続人Aは、遺言により財産を取得し、遺言どおりに相続税の申告をしました。
  • ■相続人Bは、訴訟で、主位的に「遺言は無効」、予備的に「遺言が有効でも遺留分を侵害している」と主張しました。
  • ■訴訟上の和解が成立し、AはBに「解決金」を支払いました。金額は、Bの遺留分侵害額の範囲内です。
  • ■Aは、支払った解決金の分だけ相続税が過大になったとして、更正の請求をしたいと考えています。

結論

結論

更正の請求ができる可能性はあります。根拠は相続税法32条1項3号「遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したこと」です。

ただし、解決金が「遺言が有効であることを前提に、遺留分侵害額として支払った金銭」であると客観的に説明できることが条件です。
名目が「解決金」であること自体で否定されるわけではありませんが、和解条項だけでは性質が分からないため、和解に至る経緯の資料で説明する必要があります。

注意すべき公表裁決(令和6年7月3日裁決)

和解条項が「解決金」だけで、主位的主張が遺言無効、双方の代理人の説明(遺留分を超える調整、遅延利息を含むなど)が食い違っていた事案です。
審判所は、解決金の全額が遺留分の価額弁償金とは断定できないとして、支払った側の更正の請求の前提(32条1項3号の事由)も認めず、受け取った側への連動の更正を全部取り消しました。

金額が遺留分侵害額の範囲内であれば、「遺留分を超える上乗せ」という不明確さの要因は生じません。
それでも、遅延損害金などが含まれていたり、代理人の認識が食い違ったりすると、同じ判断になるリスクがあります。

前提によるパターン分け

パターン見立て使う規定
A 遺言有効を前提に、遺留分侵害額として算定した額であることを、和解条項や経緯資料で一貫して説明できる可能性が高い
評価額に引き直した額を課税価格から控除
相続税法32条1項3号(4か月以内)
B 遅延損害金・損害賠償などが混ざる、または代理人の説明が食い違う一部または否認リスク
区分できる元本部分だけが対象。区分できなければ全体が認められないおそれ
同上
C 和解の実質が、遺言の一部無効を認めて分け直すもの32条は使えない見込み
国税通則法23条による余地は限定的
国税通則法23条1項(5年以内)・2項1号(5年経過後、2か月)

押さえるべき3つの期限・金額

期限は4か月

和解が成立したことを知った日の翌日から4か月以内です。裁判上の和解は和解成立日が起算点と考えるのが安全です。過ぎた場合の救済は困難です。

相続税法32条1項

控除するのは評価額ベース

解決金の額そのものではなく、相続開始時の相続税評価額に引き直した「遺留分侵害額に相当する価額」を控除します。

相基通11の2-10に準じる(国税庁情報 事例2-1)

遺留分の請求期限

遺留分侵害額請求の意思表示が、相続の開始と遺贈等を知った時から1年以内にされていたかを確認します。

民法1048条

確認すべき事実

  1. 和解の種類(裁判上の和解か)と成立日。4か月の期限が残っているか
  2. 和解条項の全文(遺言の有効性の扱い、遺言無効請求の放棄、清算条項)
  3. 裁判所の和解案の算定根拠、双方の遺留分の計算書、双方の代理人の認識が一致しているか
  4. 解決金に遅延損害金・利息相当額・損害賠償の要素が含まれていないか
  5. 遺留分侵害額請求の意思表示の時期

条文・裁決・計算方法・手続の詳細は、詳細タブへ

1 更正の請求の根拠と要件

項目内容根拠
事由遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したこと。平成15年度改正前は「減殺の請求があったこと」でした。相続税法32条1項3号
期限事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内。相続税法32条1項本文
起算点訴訟上の和解では、和解成立日が始期で、調書の送達日ではないとされています(遺産分割の事案)。調停は成立の日、判決等は解決の時とされています。遺留分の事案にも同じ考え方を当てはめるのが安全です。平成10年8月6日裁決、平成17年6月24日裁決、昭和51年1月19日裁決
確定の方法条文は確定の方法を限定していません。判決・調停・訴訟上の和解・請求の認諾による確定が公表裁決で扱われています。訴訟外の合意も文言上は含まれると解されますが、直接判断した公表裁決は確認できませんでした。公表裁決(更正の請求の特則)
当初申告との関係申告時に遺留分侵害額が未確定なら、それがないものとして計算します。当初申告を遺言どおりにしたこと自体は誤りではありません。相基通11の2-4
4か月を過ぎた場合当初申告は申告時点で法令どおりのため、国税通則法23条1項の「計算の誤り」には当たりにくく、救済は困難と考えておくべきです。国税通則法23条1項

2 「解決金」の性質をどう判断するか

審判所は、和解条項の文言だけでなく、紛争の性質や和解に至った経緯から当事者の合理的な意思を認定する立場です。
名目が「解決金」でも遺留分と認められる余地がある一方、名目が「遺留分」でも実質で分解されることがあります。

令和6年7月3日裁決(受け取った側への更正を全部取消し)
事案
公正証書遺言の無効を主位的に、遺留分減殺請求(価額弁償)を予備的に主張した訴訟で、地方裁判所で訴訟上の和解が成立し、「解決金」が支払われました。和解条項は、解決金の支払義務、その余の請求の放棄、清算条項だけでした。支払った側の更正の請求(32条1項3号)が認められた後、受け取った側に連動の増額更正(35条3項1号)がされました。
判断
和解調書に遺留分であることを示す記載がないこと、主位的主張が遺言無効で予備的主張を根拠に性質を判断できないこと、双方の代理人の説明(遺留分を超える調整をした/遅延利息相当額を含む)に相当の齟齬があることから、解決金の全額が価額弁償金とは認められないとしました。支払った側の更正の請求にも32条1項3号の事由があるとは認められず、連動の更正は要件を満たさないとして全部取り消しました。また、地方裁判所での和解は遺産分割の和解ではなく、代償金ともいえないとしました。
示唆
支払った側が更正の請求をするには、解決金の全額(または区分できる部分)が遺留分侵害額であることを、客観的な資料で説明できる必要があります。受け取った側が争えば、支払った側の前提も否定されうることにも注意が必要です。
平成20年1月23日裁決(名目と実質の区分の例)
事案と判断
遺言で代償金の支払が定められていた事案で、和解条項の「遺留分として」の支払額を、遺言に基づく代償金部分と遺留分の価額弁償金部分に分けて認定しました。受け取った側の無申告加算税の事案で、32条の事由による期限後申告には正当な理由があるとした点も示されています。
示唆
支払った側についても、同じ考え方で性質が区分されると考えられます(類推)。
出典:https://www.kfs.go.jp/service/JP/75/05/index.html(裁決事例集No.75・78頁)
解決金に遺留分以外の要素が含まれる場合

遅延損害金・利息相当額は相続財産ではないため、支払った側の課税価格から控除できず、受け取った側では所得税の問題になります。
和解に至る紛争の解決の対価や損害賠償の要素も、遺留分侵害額とは別に扱われます(昭和46年4月28日裁決、平成21年11月16日裁決)。

3 和解の実質が分け直しの場合

4 控除する金額の計算

控除するのは、確定した額を相続開始時の相続税評価額ベースに引き直した「遺留分侵害額に相当する価額」です。

計算式(代償分割の相基通11の2-10に準じる)

遺留分侵害額 × 基因となった遺贈財産の相続開始時の相続税評価額 ÷ 遺留分侵害額の算定の基礎とした時価

共同相続人全員の協議で合理的な方法により計算して申告する場合は、その額によることもできます。
基因となった財産に小規模宅地等の特例を適用している場合、分子は特例適用前の価額です。

5 受け取った側の課税と連動

項目内容根拠
受け取った側の申告当初申告をしていれば修正申告、していなければ期限後申告をします。相続税法31条1項、30条1項
申告しない場合支払った側の更正の請求に基づく更正の後、税務署長が受け取った側に更正・決定をします。期間は「請求があった日から1年を経過した日」と通常の除斥期間のいずれか遅い日までです。相続税法35条3項
延滞税自主的に申告した場合、法定納期限の翌日から申告書の提出日までの期間は延滞税の計算期間に入りません。税務署長の更正・決定による場合は、事由が生じた日の翌日から4か月を経過する日までに限られます。相続税法51条2項1号ハ・2号ハ
加算税32条の事由による申告は、正当な理由がある方向になります。国税通則法65条・66条、平成20年1月23日裁決
連帯納付義務受け取った側が納税しない場合、支払った側が受けた利益の価額を限度に連帯納付義務を負う可能性があります。相続税法34条1項

6 手続と添付書類

7 実務上の注意

  1. 和解条項の書き方:「遺言が有効であることを確認する(遺言無効確認請求を放棄する)」「遺留分侵害額として金○円の支払義務があることを認める」と明記し、算定根拠の資料を残すのが安全です。
  2. 元本と遅延損害金の区分:遅延損害金や訴訟費用の負担を含める場合は、和解条項で金額を分けておきます。
  3. 経緯の資料の保存:裁判所の和解案、双方の遺留分の計算書、代理人間のやり取りを保存し、双方の認識が一致していることを示せるようにします。
  4. 弁護士費用:相続開始後の訴訟費用は、債務控除(相続税法13条・14条)の対象になりません。
  5. 金銭以外で支払う場合:不動産などで支払うと、代物弁済として譲渡所得課税が生じます(所基通33-1の6)。
  6. 旧法の事案との関係:令和6年7月3日裁決は旧法(遺留分減殺請求・価額弁償)の事案ですが、令和元年7月1日以後の相続(遺留分侵害額請求)でも、解決金の性質を客観的な資料で判断する考え方は同様に当てはまると考えられます。

8 根拠資料